4. つぶやき

童話の世界

「安藤裕子の世界」という言葉から連想して、次に思い浮かべる言葉は、私の場合、「メルヘン(童話)」である。
安藤裕子という人物の一面を語る上で、欠かせないものの一つではないだろうか。

安藤裕子 TEXAS

私にとっての初めての安藤裕子のアルバムが『Merry Andrew』だったのだが、そのCDブックレットは童話世界にそのまま入り込んだかのような自作の絵で構成されている。 ねえやん曰く、「ミニピエロ裕子の大冒険」だ。 ねえやんの大好きな「不思議の国のアリス」の安藤裕子版のようである。

また、旧安藤裕子の総決算的アルバムとなった『chronicle.』のブックレットも、額縁の絵の中に入り込むという童話を、自作の絵だけで表現している。

PVでは、けっこう大掛かりな舞台セットで童話の世界が作られていた。 ねえやんはすっかりその世界の住人となっていた。
「さみしがり屋の言葉達」では、ヨーロッパのどこかのお城に住む、恋するお姫様に。
「The Still Steel Down」では、「ガリバーになりたい」という本人の希望で、森を彷徨う巨人に。
また、「TEXAS」のPVでは、ねえやん本人によって描かれた童話の挿絵のような絵が、大きなジグソーパズルの背景となった。

PVクリップ集DVD「the Moon and the Sun.」のブックレットは、安藤裕子ねえやん本人の手による版画の挿絵が入った創作短編童話そのものであった。
童話というものは往々にして、物事の本質や教訓をやわらかい言葉で子供に理解できる形で書かれたものである。 けれども、ねえやんが作る童話は、童話であって、童話ではない。 けっして、子供がすぐに理解できるようなものにはなっていないし、子供への教訓的な内容でもない。 残酷さを内に秘め、苦い人生経験の先に世界の真実を語ろうとするかのような、まさに、大人の童話だ。

それはちょうど、安藤裕子が作る歌詞にそのまま通じるものだ。 言葉一つ一つは難しい言葉を使っているわけではないのに、その意味を真に理解しようとするには少々難解であり、おそらく意図的に言葉が足りなさすぎたりする。

新生安藤裕子になる少し前(2007年ぐらい)から、作る曲の歌詞が比較的シンプルでストレートになった。 それにつれて、最近では、メルヘン世界があまり表に出てこなくなったような気がする。 描かれるイラストも、童話的なものから、現実に根ざしたモチーフや、BOY&GIRLが多用されるようになった。 PVがとくに顕著で、映像はとてもシンプルなものとなり、カメラワークはほぼ固定。 背景もイメージ的にほぼ1色。 大人志向なのだろうが、少々さみしい思いがする。

変革期を迎えた安藤裕子。
今回のライブツアーもこれまでとの違いが強調されているようだ。 それは安藤裕子の進化に違いない。 ファンもそれを望んでいる。

ただ、これからも未熟なままのねえやんも隠さず素直に見せてほしい。 人間はいつまでたっても未熟な部分をもちつづけるもの。
むしろ、その未熟さに共感を覚え、共に歩んでいるような錯覚に安心していたのだから。
ライブでは、いくら泣いたって構わない。 My Room では、怒りにまかせた言葉だって期待している。

そしていずれ、ねえやんが結婚しお母さんになったときには、愛しい我が子のために、温かくて楽しい童話を作り、読み聞かせてあげてほしいと思う。

Twitter はじめました

Twitter はじめました。 遅ればせながら。
http://twitter.com/ucadkids

安藤裕子の風音 Twitter

時流に乗るのが嫌いだと言いながらも、乗り遅れ過ぎるのはイヤだし。
ねえやんさえも、たまにだけどつぶやくぐらいだし。
他にもやることいっぱいあるだろ、っていうツッコミを自分にいれつつも、アカウントとっちゃいました。

安藤裕子ねえやんに関することを中心につぶやくつもりではいますが、関係ないこともつぶやくでしょう。
まあ、つぶやきだからね。

ブログ記事更新前のネタ探し中につぶやいているかも?
このサイトでカタチになる前のネタが小出しに出てくるだけかも?
なにか発見があったらいち早くつぶやいているかもよ?
でも、携帯使ってまではやらないだろうね。
だから、ライブ前後の実況中継とかはしませんよ。

とりあえず、ezzyさんところと、アキノさんのところをフォローしときます。

ていうか、Twitter まだよくわかってない。

ハジチタトゥー

やっぱり、安藤裕子ねえやんは、左手首に刺青タトゥー)を入れているようですね。

最近のねえやんは、普段は、手首に数珠ブレスレットをじゃらじゃらいっぱいつけているので気付きにくいのですが、特別隠そうとしているわけでもなく(隠そうとするならもっと目立たない場所にするでしょうけど)、むしろ、誇らしげに見せつけているようでもあります。

遠目には、大きなホクロのようにも見えてしまうのが、どうも気になってしまいます。 「歩く」のPVでは、ねえやんの上半身の白いきれいな肌がまぶしいのですが、どうしても手首が気になって仕方ありませんでした。

CBR 安藤裕子 ハジチ タトゥー

ねえやんのこのタトゥーが、おそらく沖縄周辺の伝統のハジチ(針突)であるとわかってからは、疑問がある程度晴れた気がしましたが、でもやはり、ねえやんの白い綺麗な肌が黒く染められてしまったことに対する違和感はなかなか拭えません。 元々ホクロがほとんどない肌ですから、なおさらです。

昔の沖縄(琉球)地方の女性にとってハジチ(針突)とは、「魔除け」、「成人の証」、「結婚適齢期の証」、「後生(死後の世界)への手形」、「大和や中国からの人攫いを防ぐため」、「既婚の証」、「単なるオシャレ」などなど、意味は諸説あるようですが、ねえやんに当てはまらないのは、「人攫いを防ぐため」ぐらいですかね(笑)

もし、「既婚の証」だとすると、一番ありえるかも。 だって、結婚前の女性の体に刺青入れちゃうのは、さすがのねえやんも躊躇するのでは? 結婚したいと言い続けてきたねえやんが、現代の日本において結婚に不利になるようなことをするかな? と思うからです。 もしかすると、既に沖縄地方の人と結婚していたりして?!

そういえば、このタトゥーが『歩く』のPVで最初に確認されてから間もない頃に、私はこんな記事を書いていましたね。 2010年8月30日投稿 「いよいよ結婚かな

まあ、ねえやんが納得してされているようだから、私があれこれ言うことじゃないですね。

あ、あと、ねえやんの大好きな温泉巡りにも若干不利になった・・・かな?

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